日々是好日

そのさびをつれづれなるままに

狼少年の絶望

義父の高熱が三日も続いている、食事量が減った、ウイルスに感染してお腹を壊している……など、変化があればエイコさんから連絡が入る。ただ、私が知りたいのは一点だけだ。今すぐ見舞うべき状況なのかどうか。

確かにそこから急変する可能性が無きにしも非ずなので、特別に心配性なエイコさんは本気で焦っているのだろうが、いつでも医師に診て貰える環境に置かれているのだから、「その程度」でじたばたすることはない。私や義妹達はそう考え、のんびり構えていた。実際、すぐにどうこうというわけではないが、顔を見せてあげて、後悔しないように、などとエイコさんが言うも、大抵は連絡を受けた日にすぐ行けるわけでもないので、日を改めて見舞う頃には良くなっていたりする。

いつもこのパターンなので、私達はエイコさんのことを「狼少年みたい」と言っていた。徐々に緊張感が無くなり、連絡を受けても「また大袈裟に言ってるよ……」という感想しか持てなくなっていた。そんな私達に彼女は失望していたと思う。義父の癌を知った後は、自らと義父のこの先に絶望したのか、明らかに元気が無くなっていた。

 

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癌が分かってから三ヵ月後、病院から義妹アイコに電話があった。エイコさんの自宅に何度電話しても繋がらないと言う。病院側には第二の連絡先として、専業主婦で確実に捕まるアイコの携帯電話の番号を教えてあった。病状について相談があるので、家族に集まって欲しいとのことだ。

義父は癌の診断が下って以降、麻痺した身体を動かすためのリハビリ室にも行かなくなり、痩せ細りつつあった。ただ、その変化は緩く、二週間前とその前に見舞った一ヶ月半前とでは然程違わないように思っていた。なのに、病状について相談があるとは何事だろう。

それよりも、エイコさんはどうしてしまったのか。旦那の携帯から電話した。何度もした。私の携帯からに変えてみた。自宅の固定電話からも試してみた。病院が知っているエイコさんの電話番号は自宅のみだが、彼女は携帯電話(実娘ユウコが契約者)を持っているので、勿論そちらにも。手を変え品を変え、時間をおいても、エイコさんは電話に出やしない。何せ一人暮らし。自宅で倒れているのではないかと不安になる。

仕方がないのでユウコに電話をし、連絡または様子を見に行ってくれるよう頼んだ。あんまりにも電話が鳴るので、ユウコからの着信だけは流石に出る気になったらしい。結局、ユウコからの電話はすんなり繋がり、ユウコからその報告を受けた。エイコさんは自宅に居て、全く無事であることが分かった。

後日、病院で顔を合わせた時に「心配したよ」と伝えたが、エイコさんは「ごめんごめん」と言うだけで、何故電話に出なかったのか言おうとしなかった。体調は問題ないらしい。電話に出たくない気分の時だってあるでしょ、そんな風に誤魔化されてしまった。私達からの電話と知って無視したのかよ! まあ、酷いのはお互い様だが。

 

狼少年とは――Wikipediaより
イソップ童話のひとつで「狼が来た」と嘘をついて周囲の大人を惑わせた羊飼いの少年の話。最後に本当に狼が襲ってくるが大人に信じてもらえず、羊を食べられてしまう。 転じて、嘘をつく者のこと。
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