日々是好日

そのさびをつれづれなるままに

筆談での会話

改めて説明すると、義父は右半身に麻痺がある。右手と右足は自分の意志で動かせず、右目も見え難い。合わせて左半身の機能も低下している。

 

そのため、歩くことが出来ない。人の助けを借りて車椅子に移り、動く方の手で進めることは出来る。週に何度かリハビリ室に行き、手すりを使っての歩行練習をしてはいるが、文字通り進歩は殆ど無い。普段はベッドの上で胡坐をかいているか、横になっているかだ。

痰を上手く処理出来ないため、排出用の短い管を喉に付けている。大きな固形物と繊維質は喉を通り難いので苦手だが、制限は少な目。ただ、利き手ではない方しか動かせないため、スプーンで食べれるものに限られる。食欲は旺盛で、入院しているにも関わらず、メタボ体型を維持している。

発声は出来ない。初めのうちは声を出していたが、言葉が明瞭ではないため私達が理解出来ず、義父も疲れて喉を利用する頻度が減った。そのうち、喉に付けた管の周囲の肉が固くなり、声が出し難くもなった。私達は何年も声を聞いていない。もう出すことすら出来なくなっているようだ。

 

会話は紙やホワイトボードを併用していた。が、身体のバランスが取れていない上に利き手でもない側だと、文字にもバランスを欠く。

例えば、義父が「一」「日」とゆっくりと記す。「一日」=「いちにち」か、と私達は解釈する。違う、と義父は首を振る。そして、再び「一」と書く。首を傾げていると、今度は縦に一本の線を書いた。

分かるだろうか、義父が書きたかった文字は「車」だ。しかし、最初の「一」と「日」が縦に綺麗に並んでいても、もう一つの「一」がまた横に、「|」を斜め上に書かれれば、それが一つの文字であることが見て取れない。要するに、義父は「(今日は病院に)車で来たのか」という文章を書きたいのだが、ならば「車?」とか「くるま」などと簡単な文字にしてくれれば良いのに、何度言っても漢字を使い、一つの文章に組み立てたがる。

というわけで、義父が私達に理解させるのに労力を使うため、筆談する頻度もこれまた減った。

 

口を開かぬ相手に一方的に話し続けるスキルなど、私は持ち合わせていない。入院するまでに会った回数も片手程度で、その頃も苦労していたのに、今では尚更話題もない。旦那が義父を見舞う時が、私もそうする時だ。

その点、エイコさんは感心するぐらい良く喋る。自分の情報と解釈を話し、「というわけで、これでいいかい?」と結論を提示する。義父は大抵うんうんと頷き、同意であることを伝える。二人の会話の殆どがこんな調子だ。「男と女のことは分からない」から他人の私達が端で見ていても分からないでしょ、とエイコさんは笑う。

 

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以上が、癌宣告前の状態。癌が見つかってからは、ベッドで上半身を起こしていることも殆ど無くなり、身体がだるいことを理由にリハビリ室にも行かなくなった。常備している間食用のパンも減らず、通常の食事も残すことが多くなった。

最近は旦那やエイコさんが手足をマッサージするのを、ベッドに寝て目を閉じたままじっと受け入れているだけ。十分だからマッサージはもういいよ、の合図も、以前はあったのに無い。会話というか対話する気力、その体力すら失われつつあるらしい。

本人には癌であることを伝えていないが、とうに気付いているのだろう……

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